2020年、晴れて税理士になりました。
思えば受験をはじめて今日まで長い道のりでした。
ざっくり時系列で振り返ってみます。
大学を卒業したのが1999年3月。
会計業務に従事してすぐに税理士資格を目指して勉強を始めました。
当時僕は税理士の受験資格がなかったので簿記1級の取得からはじめました。
簿記2級までは在学中にとっていたものの数年前にとったものでありすっかり忘れていたのでまたイチからスタートしました。
仕事をしながらの勉強で2年くらいかかります。
思えば簿記1級が一番難しかった気がします。
全経上級と並行受験していて、結果的に両方合格します。
2001年11月の試験に合格し、年明け2002年に合格が発表され、その勢いでその年の簿記論を受験、合格します。
地元には税理士の資格学校がなく、TACの衛星講座を受講しました。
そのためにスカパーをわざわざ契約しました。ついでにKNTV(韓国の放送)も契約してしまい韓ドラにハマったのは完全に誤算でした汗。
そのときは最短合格を狙っていたので同時に地元の大学院にも通いました。
2年間通い単位は取りましたが、結果的に論文を書くまでに至らず中退します。
2003年、大学院に通いながら財務諸表論を受験するも、何を血迷ったのか初出の問題に対して大学院で学んだ税制に対する批判的な回答を書いたところ案の定不合格。(合格レベルには達していたと自負)
2004年、上京。
欲張って財務諸表論と消費税法の同時受験を試み、二つとも玉砕。
2005年、財務諸表論と消費税法をリベンジ、財務諸表論のみ合格。
簿財に合格したタイミングで、公認会計士試験の改正が行われ、簿財をもっていると会計士試験の一部が免除されるというトラップにひっかかってしまい、ここで会計士試験に寝返ることになる。
数年間会計士試験の勉強をするもやはりそんなに甘くはない。
30歳前後で仕事に遊びに忙しく、なかなか結果を出せず勉強のモチベーションも徐々に薄れていく。
この間それでも毎年受験はしていました。
2012年、このままズルズルいくと全てが中途半端になってしまうと、ふたたび税理士に戻る決意をする。
コツコツとでいいから受験して最後までやり切る覚悟を決める。
意を決して法人税法と消費税法をダブル受験、玉砕。(一応どちらもA判定)
2013年、あと一つでも税法とって大学院免除の道を意識し始める。消費税法受験、不合格。
この間少し寄り道して、事業再生士補(ATP)という資格に合格します。
2014年、2015年と懲りずに消費税法受験するも不合格。
この時期が一番辛かったですね。2015年不合格通知を開けたときの絶望感は今でも覚えています。
一方で2014年(那覇)と2015年(東京)にフルマラソンに挑戦して完走しているんですね。何やっているんだか。
走ることによってカラダと精神のバランスを辛うじて保っていたのでしょう。
2016年、這いつくばって消費税法受験、合格。
合格通知を見たときは本当に嬉しかったです。前の見えない霧の中、一筋の光が見えた瞬間でした。
皮肉にもその日はアボジの命日でした。
12月に合格通知を受け取ってから、すかさず大学院の受験手続きに入ります。
合格したらすかさず入学手続きに入るべく事前に大学院をリサーチしていました。
目指すは青山学院大学一択。
かねてからつきあいのあった税理士に相談したところ都内ではここが税法のレベルも高いとのこと。
短期間で研究計画書(テーマは移転価格税制)をつくり、もろもろの書類を揃えて申請。
2017年、晴れて青山学院大学の大学院に入学します。
青学は噂どおり女子のレベル?もさることながら授業のレベルも高く、弁護士や税理士などハイスペックな講師陣で質の高い講義を受けることができました。
週に3、4回仕事終わりに表参道まで行って数時間勉強して、2年目には論文を書き上げることになります。
論文の提出期限は2019年の1月10日。
2018年12月10日、論文提出期限のちょうど1ヶ月前、これから追い込みだというところ、オモニが亡くなります。
あ、論文書けないかも、という不安が一瞬脳裏をよぎりました。
僕にとっては人生最大のピンチでした。
後日大学院の同僚にそのときの状況を告白すると、全然そんなふうに見えなかったよとは言っていましたが。
しかし論文書けなかったなんてダサいことしたくありませんでした。なんとしてでも書き上げる。
悲しんでいるヒマもなく年末年始もなくひたすら大学院の研究室にこもって論文作成にオールインしました。
2019年1月10日、それでも何とか無事論文を書き上げることができました。
思えば本当に目まぐるしく、地に足がついていないような2年間でした。
3月に大学院を卒業するまでの3ヶ月は無事卒業できるかどうかしか考えていなかった気がします。
2019年3月25日 学位授与式(卒業式)
無事卒業した後は修士論文で免除をもらえるかどうかでこれまた不安に苛まれていました。
知っている先輩が免除をもらえなかったというケースを聞いていたからです。
提出した以上気にしても仕方がないにもかかわらず。
また、それがいつ来るか、早く来ないかとひたすら気を揉んでいました。
2019年11月18日付で税理士試験免除決定通知書が届きます。
早い人は3ヶ月くらいで来たりもするみたいで、僕は約7ヶ月かかりました。
テーマが租税条約で国際税務だから後回しにされたのかな。
卒業から免除通知が来る11月までは放心状態でとくに何もすることなく、仕事が終わればジム行ったり飲みに行ったり韓ドラみたりと久しぶりに何もしないアフターファイブを送りました。
勉強をしないとこんなにもやることがないのか!と初めて時間を持て余すことになります。
勉強しない人たちはいったい何をしているのかと思いましたが、みなさん家庭があるんですよね。笑
免除通知がきて晴れて税理士全科目合格したことになります。
残るは最終仕上げの税理士登録のみ。
税理士登録をするまで税理士を名乗ってはいけないそうです。
この税理士登録に最低2、3ヶ月かかるみたいで、揃えるべき書類も膨大でした。
大学院の証明やら所属している税理士事務所の所長に記入してもらうもの、法務局にとりにいくもの、新しい事務所の賃貸契約書や間取りなどと大量に書類を揃えました。
書類は税理士会に提出するのですが、提出した翌月から審査が始まるとのこと。
引越しや出張の関係もあり、11/18付の書類が手元に届いたのは11/27だったため、11月中の提出には間に合わず、12月に提出し、2020年1月から審査が始まります。
審査は3段階で、はじめに所属することになる税理士会の支部にて面接、次に税理士会の本部にて書類審査、最後に総本山である日本税理士会連合会(日税連)にて書類審査です。
僕の場合それぞれ1/8に支部面接、1/23に本部書類審査、2/13と2/14の両日で日税連審査という日程でした。
支部面接では簡単な受け答えで終わり、書類審査は何かあれば連絡が来るということでとくに何もありませんでした。
その後2/20付で税理士登録通知のハガキが届きます。
この時点で税理士登録されたことになり、この日から税理士を名乗ることができます。
その1週間後である2/27に税理士証票交付式というのが税理士会本部で行われ、税理士バッジをもらいました。
2002年の初受験から18年、簿記1級から含めると約20年、途中に会計士を受験した空白期間がありましたが、長い長いまわり道の末にようやくゴールにたどり着くことができました。
初志貫徹。石の上にも20年。
こんなにも長い期間よくあきらめずに頑張ったねと言われます。
思えば学生時代、自分としては何か一つのことをやりきったという経験がなかったんです。
全て中途半端。勉強やスポーツなど何しても秀でるタイプではなかったし、何かを達成するという経験がありませんでした。
そんな自分に自信が持てず、いつも引っ込み思案。
堂々と自分を主張することができませんでした。
社会人になってはじめた税理士の勉強も途中で諦めたら、また中途半端になってしまう。
他の誰でもなく自分に負けたことになってしまう。
これだけは何がなんでもやり切るんだ。もう中途半端には生きない。無責任には生きない。
これをやり切ることによって自信が持てず引っ込み思案な自分とも決別する。
ダメな自分との戦い。自分のプライドを賭けた戦い。
それはもう意地というか執念というか、これを取らないと次のステージに行けない。
しがみついて這いつくばっても税理士をとる。
途中で会計士に一時変更しましたが、それは税理士でも会計士でもそれなりの資格であればどちらでも良かったんです。
一つのことをやりきった自分に自信と誇りを持ち、誰にも遠慮せず、堂々と輝かしい人生を生きる。
今までまわりや後輩たちに偉そうなことを言ってきたコトバに責任を持つ。信用を勝ち取る。
そして後輩たちのロールモデルとして生きる。
若いときに出会った勢いのある社長さんの言葉、「有言実行。コトバの手形を落とすんだよ。」
ジャンプしまくりましたが、僕もコトバの手形を無事落としました。
20代の頃、税理士なるまで結婚しませんとまわりに冗談で言っていたことが現実となり笑、最初の簿記論合格をまるで税理士に合格したかのように一緒に喜んでくれたアボジオモニももういません。
僕にとっては結婚よりも資格が先だったし、税理士になることが親孝行のつもりでした。
すべて失い、これ以上失うものはなにもありません。
ゼロからのスタート。
税理士としてはまだまだヒヨコ。
あるのはこの身ひとつ、資格ひとつ、そして20年間の社会人生活で得た粒ほどの信用ひとつ。
しなやかに、したたかに。
奢らず、謙虚に、前向きに。
人生100年時代、あと60年ちかく。
人生劇場のステージ第二幕。
税理士、はじめます。